1.エクソシストのブーム
もう随分と前だと思う。10年近くも前だろうか。エクソシスト(悪魔祓い)がブームになった時期があった。エクソシストの活躍するさまを題材にした作品やテレビ特集が目立っていた。最近は、あまり目立たない。
学生時代の講義で、エクソシストが好きな教員がいた。「エクソシストの悪魔憑きには、モデルの病気があるらしいのですよー」といって、突然スライドに映画のワンシーンを流し始めた。そのあとで、「モデルの病気」の症例動画を提示してくれた。なかなか興味深い話であったため、記憶に残っているうちに、その説を記録する。
お断りするが、下記に記す疾患の方を貶める意図はない。文化・学術的な見地から、類似点を概説するのみである。
2.悪魔憑きのイメージ
映画作品や再現ドラマのワンシーンでは、次のような様子で描かれる。もともと普通に生活していた人が、ある日を境に豹変してしまう。不穏な様子はずっと続いており、医者に診せてもよく分からないという。ざっと、こんな調子である。
- 急に錯乱する。暴力的になる。
- 声が野太くなる。悪魔のような声でうなる。
- けいれんを起こす。あるいは、階段を這ったりする。不可思議な運動が目立つようになる。
- 顔がやつれてくる。
家族は困りはてて、悪魔祓いの専門家であるエクソシストに依頼する。エクソシストは「悪魔に憑かれた人」のいる家に向かう。そこで取り憑いた悪魔と対決を行う。悪戦苦闘となるのである。
3.抗NMDA受容体抗体脳炎
この悪魔憑きには、モデルとなる疾患がある。あくまで一説ではあるが、関連学会などでの小話でも出てくるようだ。その疾患とは、抗NMDA受容体抗体脳炎である。聞いたこともない病名だと思う。近年、とくに神経科領域で認知度が上がっている。
文字通り、脳炎である。問題はその機序なのだが、自分に対する免疫のエラーだとされている。自分自身に対する免疫が異常に発動してしまい、出現した抗体(異物に対する武器)によって脳がダメージを受ける。脳炎となってしまう。
症状は多彩だ。脳の急性炎症であるため、神経学および精神科領域にわたる症状が現れる。それぞれまとめる。
・神経学的症状・・・けいれん発作、異常な体動
・精神科的症状・・・錯乱、幻覚、意識障害
このような状態が続けば、当然やつれるだろうし、生活上の問題も積み重なるだろう。
ほかの際立った特徴として、女性に特有の卵巣奇形腫(卵巣にできる腫れ物)を合併するケースがある。卵巣奇形腫を患う女性のなかには、抗NMDA受容体抗体脳炎の元となる抗体を産生しやすい方がいるようだ。とはいえ、まだ未解明な部分が多い疾患。
治療としては暴走した免疫を抑える薬剤を使用する。
4.おわりに
個人的には、抗NMDA受容体抗体脳炎「だけ」が、悪魔憑きのモデルの疾患ではないと考える。やたらと、この疾患だけが取り上げられるが、違うと考えている。
なぜなら、急性脳炎をきたすのは、この疾患だけではないからだ。ウイルス感染後の脳炎、あるいは髄膜炎の後に生じるかもしれない。なにが脳炎のトリガーになったとしても、おかしくないのである。
書いていくとキリがないため、「脳炎」にとどめておく。
この脳炎に対する理解がイマイチであったため、医学的なアプローチが当時は取れなかったのだろう。文化史のなかにも、疾患は隠れているものである。
語郎