有給医のライフハック記録

医師の語る人生最適化戦略

ALS(筋萎縮性側索硬化症)についての疑問を専門家にぶつけてみた。

 

医学で興味のあること

普段は全く「医学臭・医クラ臭」がしない当ブログですが、そうはいっても僕も医師の端くれ。医学や病気への興味は強いと自負しています。

 

学生時代から「病態が分からない難病」への興味が異様に強く、その領域だけ、ニッチな知識が豊富でした。

 

とくに個人的な関心というか、学術的に興味があるのがALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気です。社会的な認知度は向上されつつありますが、やはりまだまだ研究途上にあり、不明点が多い難病です。

 

ALSなどの神経変性疾患について、治験を担当されたことのある神経内科の先生に、いろいろ気になることをぶつけてみました。

(質問の下に、僕が質問に至った疑問をTips的にまとめています)

 

Q:牟婁病(ALSの風土病)の原因を教えて欲しい。

牟婁病とは、紀伊半島で風土病的にみられる、ALS・パーキンソン病および認知症症状を呈する疾患群です。風土病としてのALSとして世界的に有名ですが、いまだ原因不明です。原因は現時点で世界中の誰も「分からない」のですが、僕は不思議に思ってしまい、質問をブチ込んでしまいました。

 

僕:「牟婁病の原因を教えて下さい(無茶ぶり)。あとグアムや西ニューギニアでALSが多発した理由は何なのでしょうか。僕が文献を調べまくったところ、水のミネラルが問題だとか、ソテツの神経毒が問題だとか、水銀が悪いだとか、あるいはBMAAというアミノ酸が生物濃縮されているだとか。どれも腑に落ちませんですし、しっかり検証がどこにも書いてありません。原因が何なのか、とても気になって仕方がありません・・・」

 

  神経内科の先生:「そんなに興味を持っていただき、ありがとうございます。申し訳ないのですが、分かっていないんですよね。まったく、不明なんです。そもそも、紀伊半島の多発するALS、牟婁病ですが、こちらは孤発性(遺伝性ではない原因不明のもの)ALSとは一緒にしないほうが良いと考えています。特徴的なパーキンソニズムを合併していますし、やはり別の疾患群と捉えた方がいいでしょう」

Q:ステロイドパルスなどの一般的な神経疾患治療の治験があったのか知りたい。

炎症性疾患ではステロイドを使って免疫を抑え込むことがあります。あとは、ビタミンB群が欠けていると、神経障害を呈することがあります(脚気とかね)ので、それらをALSに試された例があったのか、知りたかったのです。

 

僕:「難病というのは分かりますが、そうはいっても、たとえば一般的なステロイド治療だとか、ビタミン治療だとか。そういった治験はあったのですか。たしかに、変性疾患への治療としてはヤケクソな感じがありますけれど・・・」

 

  神経内科の先生:「はい。昔そういった治験がデザインされたことがありました。でも、症状増悪のスピードが速い症例が多く、治験のセッティング自体に難渋いたしました。ほんとうに過酷でした。そこで、せめて症状の進行がスローな症例を選び、仰ったような治療を、いろいろ試しました」

 

僕:「結果は、どうだったのですか」

 

  神経内科の先生:「ほぼ、全滅でした・・・。一部、効果があったのが、今でいうラジカットです。神経保護作用が証明された薬剤です。有意差が出ました。驚きましたね」

 

僕:「本当に治療法がないのですね・・・」

 

  神経内科の先生:「はい。というか、神経保護的な薬剤を試していくしか、ありませんでした。根本的な原因が分からないのですからね。いや、でも、なんというか、いろいろと試すうちに、多少は進行が抑えられた症例があったんですよね。いま思うと、あの中に今よりは有効な治療があったのかもしれないと、思っています」

Q:TDP-43の毒性、およびブニナ小体の病理学的意義について、確認したい。

ALSの変性した細胞のなかに、TDP-43というタンパク質と、ブニナ小体と呼ばれる特徴的な構造物が出現します。その点、気になったので聞いてみました。

 

僕:「TDP-43の毒性や、ブニナ小体の病的な意義は判明しているのですか。TDP-43ではありませんが、今年9月に東工大のチームがALSの毒性タンパクの変性機序についての研究を発表されておりましたが、毒性はタンパクのみに依存するのでしょうか」

 

  神経内科の先生:「あれはですねー。実のところ、ほかの変性疾患でも出現しうるのですよ。そうなると、あれら自体が悪さをしてALSに至っている可能性ももちろんありますが、むしろ、変性した過程なのではないか、と個人的には思います。もちろん、タンパク自体をターゲットに研究を重ねるのは意義がありますけれどね」

Q:ALSで特徴的な遺伝子変異のことを知りたい。

家族性のALSのなかでは、SOD(スーパーオキシド・ジスムターゼ)遺伝子に変異が見られることがあります。この変異があると、活性酸素を処理する過程に異常があり、神経細胞がダメージを受けやすいと言われています。このあたりの事情について聞いてみました。

 

僕:「SOD1遺伝子変異のほかに、たくさん遺伝子変異があると思うのですが、このあたりで最新のトピックスはありますでしょうか」

 

  神経内科の先生:「そうですね。じつは日本でメインとなっている遺伝子変異はSOD1の変異ですが、外国だと、また別の遺伝子変異が主流らしいのです。特定の遺伝子配列の異常伸長だったり、だとか」

 

僕:「同じALSなのに、原因となりうる遺伝子変異が違うのですね」

 

  神経内科の先生:「はい。ですので、あまり外国任せにしていると、日本の患者さんには有効じゃない可能性もあったりで・・・。ある程度は日本国内で主導しないといけないと思っています」

Q:球麻痺型、上肢型、下肢型、と分かれているが、それぞれの特徴について。

球麻痺は球症状(飲み込みが悪い、発声しにくいなど)が先行するタイプ。上肢型と下肢型は、文字通り四肢から進んでいくタイプのALSです。症状から分類しているわけですが、そのあたりの事情や症状の進展について聞いてみました。

 

僕:「球麻痺型のALSは呼吸障害を呈するまでの期間が短く、予後的には厳しいという見方は妥当でしょうか」

 

  神経内科の先生:「勘違いされやすいところでして。球麻痺はあくまで延髄の神経核の障害ですよね。ですので、気道の分泌が多かったりしますので、たしかに呼吸苦症状は出現しやすいですが、実際の呼吸麻痺は横隔膜のC4の頚髄神経支配。ですので、その俗説は正しくありません。まあ、それを言ってしまうと、そもそも症状で分類することの意義も薄いのです」

 

僕:「と、おっしゃいますと・・・」

 

  神経内科の先生:「球麻痺型、上肢型、下肢型、と症状の始まりが違うのか、という点すら、よく分かりませんので。上位運動ニューロンが脱落していることと、前角から先の下位運動ニューロンが脱落していることが、完全に同じように対応して脱落するのかすら分かっていません。本当に、なにも分かっていません。それっぽい説明を僕らはしがちですが、まったく根拠がなかったりします」

Q:ALSは単一の疾患ではない、という考え方。

僕:「極めて抽象的な話になってしまいますが、ALSは単一の疾患ではないと思ってしまいます。現実問題として外国の遺伝子変異と日本国内で主流の遺伝子変異は違うわけですし。またグアムや紀伊半島でALSが激減した事実を勘案すると、やはりALSに至る道程は症例ごとに全く違うのでは、と考えてしまいます。病態生理として、表現型として、症状として”ALS”に至っていると考えます。そこには代謝異常にせよ、遺伝子異常にせよ、なにかしら”持続的な神経細胞死”に至るカスケードが発生していると考えます。そのカスケードは単一ではなくて複数あるのでは?先生いかがでしょうか?」

 

  神経内科の先生:「はい。僕もそう思っています。そのため、解明が難しくて複雑になっているんだと考えています。また最近ですと、FTD(前頭側頭型認知症)との関連も指摘されています。分野横断的ですし、なかなか、全貌が分からない病気です。臨床的に大事なことは、FTDとして情動コントロールが効かないケースもあることですね。そのあたりを含めて考えることの必要な病気ですね」

 

結論

ベテランの先生ですら、「ほとんど分かっていません」と仰っておられました。

本当に謎の多い、実態の掴めない難病なのだと再認識いたしました。

 

 

語郎